裃のお勉強部屋

物理や数学のおぼえがき

トロピカルじゃない方の計算(失敗作)

そろそろ暑くなってきたので、トロピカルの話ばかりしていると熱中症にあいなりますから、別の話を。

トロピカル第3,4回で触れた、
\begin{eqnarray*}
\begin{matrix}
tropic & 2\oplus 3 & 1\otimes 5& 3\uparrow_t 4&7\uparrow^2_t 3\\\
nomal & max(2,3) & 1+5 & 3\times 4&7^3\\\
polar &?&?&3\boxplus 4&7\boxtimes 3
\end{matrix}
\end{eqnarray*}
この、勝手に命名したPolarな計算をしてみようと思います。

まずいつも通り和の単位元$=$零元$O$と積単位元$I$を見てみましょう。
\begin{eqnarray*}
a\boxplus O&=&a\times O=a\\\
\therefore O&=& 1\\\
a\boxtimes I&=&a^I=a\\\
\therefore I&=& 1\;?\\\
\end{eqnarray*}
さて、零元は$1$のようですが、積の単位元はどうでしょう。
一見するとこれだといえそうですし、事実これで良いようなのですが、ちょっとここで注意がいります。というのも、積が非可換です。
\begin{eqnarray*}
2\boxtimes 3&=&2^3=8\\\
3\boxtimes 2&=&3^2=9
\end{eqnarray*}

右からかけの単位元と、左からかけた単位元がないか不安になります。
実際非可換の数学では右単位元、左単位元があるのですが、冪乗を二項演算(つまり$a \boxtimes b=a^b$)と見た場合、右単位元をとるのが一般的です。
そこで、積の単位元は$1$とします。
つまり、和も積も単位元が$1$、零元と積単位元が等しい状況になります。
つまり、今回の場合零元には吸収元(演算すると全てがそれになっちゃう。普通の積でいう$0$)の性質がないことになります。
$0$に吸収元的な振る舞いをさせることはできますが、厳密な意味で吸収元にはなりません。
\begin{eqnarray*}
a^0&=&1\;\;(a\neq 0)\\\
0^a&=&0 \;\;(a\neq 0)
\end{eqnarray*}
このように、左からの積でのみ吸収元の働きをします。
こういう事情を考えると、まず和の時点で吸収元$=0$が存在することになりますから、そもそもこの演算では$0$を含めず行った方が良いのかもしれません。

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和の逆元は今回の場合普通の除算ですから、分数が用意できれば良いでしょう。
積の逆元はというと、これもどっちから逆元をつけるか問題になります。$a$の逆元を$a^{-1}$で書くと紛らわしいので、$A$に対して$\forall$で書きます。
こういうことすると数学科の人は卒倒するかもしれませんが、見た目としてわかりやすいのでこれで行きます。ごめんね。
逆元の定義から、
\begin{eqnarray*}
A\boxtimes \forall_R&=&A^{\forall_R}=1\\\
\forall_R \ln A&=&\ln 1=0\\\
\therefore \forall_R&=&0\\\
\forall_L\boxtimes A&=&\forall_L^A=1\\\
A \ln \forall_L&=&\ln 1=0\\\
\therefore \forall_L&=&1
\end{eqnarray*}
うぇっ……。
このように、各元の逆元はすべで$1$か$0$か、という状態になってしまいます。
これは困った。
つまりこの積ではまともに積の逆元が定義できません。
ちょうどトロピカルの和の逆元がないことに対応していていいかもしれませんが……。

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ただ、もうすこしいたずらを考えてみると、こんなことがわかります。
\begin{eqnarray*}
a \boxtimes A \boxtimes \forall
&=& (a^A)^ \forall =a^{A\forall}=:a\\\
A\forall&=&1\\\
\forall&=&\frac{1}{A}=A^{-1}
\end{eqnarray*}
こんなふうにすると、$A$の逆元$\forall$があたかも$A$の逆数というふうにできます。
ただし、あくまで一般的な逆元の定義ではないので逆元はないというべきでしょう。

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ひとまず、怪しげな逆元もどきを使うことにします。そうすると、先程「ない」と言った左単位元$I_L$についてこんなことが計算できます。
\begin{eqnarray*}
a\boxtimes 1&=&a^1=a\\\
I_L\boxtimes a&=&I_L^a\\\
(I_L\boxtimes a) \boxtimes a^{-1}&=&
(a\boxtimes 1) \boxtimes a^{-1}\\\
(I_L^a)^{a^{-1}}&=&(a^1)^{a^{-1}}\\\
I_L^{aa^{-1}}&=&a^{a^{-1}}\\\
I_L&=&a^{\frac{1}{a}}
\end{eqnarray*}
実際これで、
\begin{eqnarray*}
I_L \boxtimes a &=& a^{\frac{1}{a}} \boxtimes a\\\
&=&(a^{\frac{1}{a}})^a\\\
&=&(a^{\frac{1}{a}a})\\\
&=&a
\end{eqnarray*}
というわけで単位元的な結果が返ってきてしまいます。

そもそも逆元がまともな定義でない以上、上の計算がどの程度意味を持つかは怪しいのですが、仮に逆元の定義を緩めたところで、左単位元が一つに定まらないのですから、左単位元を考える意味は最初から薄いと言わざるを得ないでしょう。

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そもそもこんなことができでしまうのは、この積演算に根本的な問題があるせいです。
たとえばこの積演算は結合則が成立しません。
\begin{eqnarray*}
(a \boxtimes b) \boxtimes c
&=&(a^b)^c\\\
&=&a^{bc}\\
a\boxtimes (b \boxtimes c)
&=&a^{b^c}
\end{eqnarray*}
この二つは任意の$b,c$では常に等しいとは言えませんね。

結合則を満たさない演算は実際ありふれていて、割り算や引き算もその最たる例なのですが、こいつらは所詮積や和の中に組み込めるのでいいのですが、冪乗はちょっと困ります。
なお、このように結合則がなく、逆元もないものを「単位的マグマ」といいます。

数学のマグマは、「演算について閉じていること」だけを要求する、ゆるんゆるんな演算と要素のまとまりです。
結合則も逆元も、単位元もなくていいものです。その中で今回は単位元はありそうなので、単位元を持つマグマということになります。
マグマ君が単位元と逆元と結合則を持つと群になれるので、いかにゆるゆるかがわかるでしょうか。

なお、分配則も制約が付きます。無闇にやると死にます。
\begin{eqnarray*}
a \boxtimes (b \boxplus c)&=&a^{bc}\\\
(a \boxtimes b) \boxplus (a \boxtimes c)&=&a^{b}a^c=a^{b+c}\\
(a \boxplus b) \boxtimes c &=&(ab)^c=a^cb^c\\\
(a \boxtimes c ) \boxplus (b \boxtimes c )&=&a^cb^c
\end{eqnarray*}
このように右側分配則は成立します。

こう考えると、このPolar演算(仮)は実に色々ダメな演算だなと言えます。どうりであんまり言及されないわけですね。

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そもそもトロピカルがなんで多少の市民権を得ているかというと、トロピカル化することで計算が簡略化できるところにあります。
しかしこのPolar(仮)はむしろ複雑な方に進んでいるわけですから、あまり応用が期待できそうにないわけです。

ただまあ、もう少し救えないかなぁとは思います。

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なんでこんなことになっているのか、もうちょっと戻って考えてみますと、結局のところハイパー演算子を登る方向に行っているのが問題のようです。
ハイパー演算子は、前の演算の重ね合わせで定義していますが、なにも積の次のランクの計算が冪乗と決めつけられたわけではありません。
もう少し積より計算が重そうな何かを持って来ればいいのかもしれませんから、何か思いついたらまた書きます。

ところで、ハイパー演算子を登る方向に拡張したのがPolar(仮)だとしていますが、一方のトロピカルはちゃんと降る方向になっているのかという疑問が湧きます。

ハイパー演算子の二番目は積。
積は和の繰り返しで作れます。
というわけでハイパー演算子の一番目は和でしょう。

トロピカルは通常和を積として記述しています。\begin{eqnarray*}
\rm{トロピカル積=一番目のハイパー演算子}
\end{eqnarray*}

ということはトロピカル和はゼロ番目のハイパー演算子なのでは?

ではゼロ番目のハイパー演算子は?*1
これはハイパー演算子のほうで以下のように決まっています。

\begin{eqnarray*}
a\rm{⓪} b=b+1
\end{eqnarray*}
言葉で言うと、「一つ目の値は無視し、二つ目の値の後者関数(1増やす)として定義」

つまり、ゼロ番目のハイパー演算子はminでもmaxでもないのです。*2

こうなると、話の前提であった、Polar(仮)はハイパー演算子を登るべきだ、という信念が揺らいでくるのがわかるでしょうか。

つまり、無理に冪乗を積にもたなくてもいいんじゃないかってことになるわけです。
(そういうわけで、何を積にするかいい案募集中だよ)

*1:こういうのをゼレーションという。

*2:確かにこの定義だと、$a+b$が$+1$の繰り返しで、ハイパー演算子にある、「前の演算の繰り返しで次の演算を定義する」ができているような気がします。気がする。ちょっと納得いってない。