裃のお勉強部屋

物理や数学のおぼえがき

高校物理今昔(1)

裃はといえば小学校高学年からゆとり教育という世代ですが、実のところゆとり教育は昭和の頃から始まっていたと聞いている。

ゆとりの是非はともかくとして、実際指導要領の変化は学ぶ内容の変化で、中には技術的に使われなくなったものが削除される、なんてこともある。

そういうわけで、過去の指導要領ではどんな内容を扱っていたかを調べていこうと思います。

第一回は1970年年代のはなし。ゆとり教育が始まる直前ですね。

この頃はなんと剛体の回転運動が指導要領にありました。

微積で書くとこんなやつですね。

\begin{eqnarray}I \frac{d \omega}{dt}=N\\\ K=\frac{1}{2}I \omega^2 \end{eqnarray}

これを高校でやる! 正直初めて知った時はびっくりしましたが、考えてみると確かになんで今ないんだろう? と思える内容です。

というのも、力学の学習は中高と見ていくと、

中1:力の釣り合い
中3:力の釣り合いが破れ、運動が生じる
高校:力の釣り合い(数式化)→運動方程式
という流れが基本です。

ところが剛体の運動については、"てこ"を小学校で学んでから、ほとんど進捗なく、高校で剛体の釣り合い(数式化)をやるだけです。

釣り合わない場合は運動が生じるという考えと同じで、剛体もモーメントが釣り合わなければ回転し始めるということを教えてもよさそうな気がします。

ただし、剛体の回転を扱えると確かに入試はひとまわり難しくできますよね……。たとえば斜面を転がる円柱の問題や、滑車に重さがありかつ慣性モーメント$I$がある場合なんかも出題できます。

物理学好きで理学や工学に行った人たちにはワクワクが止まらないでしょうが、実際習う側、特に渋々物理を選択していた人たちにはたまったもんじゃないでしょう。

剛体の回転を扱えると、もう一つ、二原子分子の定積比熱、定圧比熱も話しやすいかと思います。今は完全に参考扱いですが、身の回りの気体で単原子分子なんて大気の1%に満たないわけで……。

気が向いたらこの下に、当時の教科書の類題なんかも追記してみます。お楽しみに。

22/04/08 20:00追記
写真を追加しました。

考えてみたら角運動量保存則や力積のモーメントも扱えるわけで、しっかり扱われていました。

で、当時の教科書の問題の類題です。

===============
1.半径$r$慣性モーメント$I$の円筒に質量$m$のおもりが付いた軽い糸を巻き付ける。円筒とおもりが共に静止した状態から、おもりを支える手を離すと円筒が回転した。重力加速度は$g$、おもりが落下し始めた時間を$0$とし、時間$t$での円筒の角加速度、角速度を求めよ。

===============

本当に図もなく文章だけで、ちょっと状況が分かりにくかったのでいろいろ補足しました。
ちなみに原文は「円筒」ではなく「はずみ車」。今でいうところのフライホイールみたいなもんですかね?

[解答]
結局のところ等角加速度運動しか当時も扱ってないようですから、等加速度直線運動のアナロジーで公式は作れます。

回転運動もあくまで力学の一環ですから、まずやるべきことは「向き決め」ですね。
私は座標を定義する派でした。うちの師匠がそうだったもので。
加速度の向きを先に決めるのはちょっと納得がいかないんですが細かいことや他の派閥への文句はまたの機会に。

回転運動の場合は回転方向の正を決める必要があります。しかしその正がどちらかは問題文に図もないのでちょっと答えようがない、”おもりがついてる方に決まってるだろ”ということなんでしょうね。

円筒にかかる力は糸の張力を通じてのおもりにはたらく重力だけですから、円筒の回転運動は糸の張力を$T$として、$T>0$の限り、張力のモーメントのみ回転運動に寄与し、
\begin{eqnarray*}
I\frac{d\omega}{dt}&=Tr
\end{eqnarray*}
です。

一方おもりの方は鉛直方向を正にして
\begin{eqnarray*}
m\frac{dv}{dt}&=mg-T
\end{eqnarray*}
です。

さて、ここで円筒の回転とおもりの落下は、糸が張っている限り$(T>0)$連動します。おもりの落下距離ぶんだけ円筒の表面が動きますから、
\begin{eqnarray*}
x&=&r\theta\\\
v&=&r\omega\\\
\frac{dv}{dt}&=&r\frac{d\omega}{dt}
\end{eqnarray*}
あえて言っていませんが、円筒の半径は不変としています。これを回転運動方程式に代入すると、
\begin{eqnarray*}
\frac{I}{r}\frac{dv}{dt}&=&Tr\\\
\frac{I}{r^2}\frac{dv}{dt}&=&T
\end{eqnarray*}
これとおもりの運動方程式を連立させれば$T$あるいは加速度を消去できます。
\begin{eqnarray*}
\frac{I}{r^2}\frac{dv}{dt}&=&T\\\
m\frac{dv}{dt}&=&mg-T\\\
\left(\frac{I}{r^2}+m\right)\frac{dv}{dt}&=&mg\\\
\therefore \frac{dv}{dt}&=&\frac{mg}{\frac{I}{r^2}+m}
\end{eqnarray*}
加速度が出ましたから、あとは芋づる式に何でも出てきます。
ひとまず題意のとおり角加速度、角速度は、加速度と角加速度の関係式から、
\begin{eqnarray*}
\frac{d\omega}{dt}&=&\frac{1}{r}\frac{dv}{dt}\\\
&=&\frac{1}{r}\frac{mg}{\frac{I}{r^2}+m}\\\
&=&\frac{mgr}{I+mr^2}
\end{eqnarray*}
等加速度直線運動では加速度$a=$一定で、
\begin{eqnarray*}
v=at+v_0
\end{eqnarray*}
ですから、角加速度も一定なら同じ要領で角速度が時間の一次関数になります。
\begin{eqnarray*}
\omega &=&\frac{mgr}{I+mr^2}t+\omega_0\\\
&=&\frac{mgr}{I+mr^2}t
\end{eqnarray*}
最初円筒は回転していなかったので、初期角速度$\omega_0=0$としました。

以上で求めるものは出ましたが、せっかくなので他の未定な変数も求めてみましょうか。
おもりの加速度が一定なので、速度や移動した距離は等加速度直線運動で
\begin{eqnarray*}
\frac{dv}{dt}&=&\frac{mg}{\frac{I}{r^2}+m}\\\
v&=&\frac{mg}{\frac{I}{r^2}+m}t+v_0\\\
&=&\frac{mg}{\frac{I}{r^2}+m}t\\\
x&=&\frac{1}{2}\frac{mg}{\frac{I}{r^2}+m}t^2+x_0
\end{eqnarray*}
おもりの初速度は$0$のようなので$v_0=0$にしましたが、おもりの初期位置$x_0$は不明なので念のため残してあります。

あとは当然張力$T$が知りたいわけです。受験物理でおなじみ、運動の成立条件は気にするべしってところです。
\begin{eqnarray*}
\frac{I}{r^2}\frac{dv}{dt}=T
\end{eqnarray*}
でしたから、
\begin{eqnarray*}
T&=&\frac{I}{r^2}\frac{mg}{\frac{I}{r^2}+m}\\\
&=&\frac{mgI}{I+mr^2}
\end{eqnarray*}
負になる要素がないので安心して枕を高くして眠れそうです。

あとは慣性モーメント$I\to 0$を考えたくなるのも人情でしょうか?
\begin{eqnarray*}
\omega &=& \frac{mgr}{I+mr^2}t\\\
v &=& \frac{mg}{\frac{I}{r^2}+m}t\\\
x &=& \frac{1}{2}\frac{mg}{\frac{I}{r^2}+m}t^2+x_0\\\
T &=& \frac{mgI}{I+mr^2}
\end{eqnarray*}
このあたりの$I$を0にすると、
\begin{eqnarray*}
\omega &=& \frac{g}{r}t\\\
v &=& gt\\\
x &=& \frac{1}{2}gt^2+x_0\\\
T &=& 0
\end{eqnarray*}
となります。$v,x,T$は予想通りとして、$\omega$が変に残るのが気になりますね。

じつはこの指導要領では一般の慣性モーメントの導出まではしません。一番簡単な半径$r$上に質量$M$が集中している場合の結果$I=Mr^2$のみ扱います。一般の場合は慣性モーメントはその物体の質量と形状から積分などで求めます。
というわけで$I$を$0$にするには円筒の質量を$0$にするか、円筒の半径$r$を0にするか、ですが、現実的には両者同時に0になるでしょうから、運動の連動$x=r\theta,v=r\omega$がそもそもそもそも存在せず、めでたしめでたし、ということなのでしょう。

以上のように回転運動が入ったところでやることは運動方程式の立式、あとは連立方程式を解くだけです。
回転運動のエネルギーについてはまた今度。