裃のお勉強部屋

物理や数学のおぼえがき

トロピカル幾何学というより計算(6)

なんでもトロピカル化するこのシリーズ。
正直最近暑くなってきたので、南国にいるのは辛いなぁと思ってたのですが、今日に限って肌寒いので、トロピカルがありがたいかもしれません。

さて、今日はまず積分ですが、積分は前回触れたように、和の極限です。つまり、
\begin{eqnarray*}
\int_\oplus f(x) dx=\sup(f(x))
\end{eqnarray*}
のように、関数の上限値を与える関数になります。

だいぶ前の回で、トロピカルはmin-plusをとる流儀と、ここでやっているようなmax-plusをとる流儀があると話しました。
そこで、max-plusをとっている理由で積分を上げましたが、こんなふうにmax-plusだと積分は上限になってくれます。もしここでmin-plusをとっていると積分は下限になります。

さて、この積分の結果ですが、普通の積分同様、この状態は不定積分のような状態になっています。
その上、$\sup$がいて、結局どんな原始関数(?)になっているのか分かりません。
つまりただ積分を$\sup(\:\;)$でかいたよってだけです。
具体的にこいつがどんな結果になるのか考えるために、定積分を考えることにしましょう。
積分不定積分に値を代入し、差を取ることで積分定数、つまり、どこから積分するのかという不定性を潰すわけです。
しかしトロピカルには引き算がないのでこういうことができません。

え、ダメじゃん。

あまりこれに言及してるものを見ないので、実際積分する意味がどの程度あるのか疑問ですが、私なりに無理矢理やっていこうと思います。
何かいい案があったら教えてください。

ひとまず定積分にする時、$\oplus$が邪魔なので、トロピカルな積分を、
\begin{eqnarray*}
\int^x_c \hspace{-1.5em}tp \; f(x') dx'
\end{eqnarray*}
と書くことにしました。まーた変な記号を導入しおって。

積分区間が、どこからどこまでの$\sup$をとるのかに対応すると考え、区間を$[c,x]$あるいは$[x,c]$にして、xを引っ張り出すわけですね。

例えば関数として$f(x)=x\oplus 1$をとると、
\begin{eqnarray*}
f(x)=x\oplus 1=
\begin{cases}
1&(x<1 )\\\
x&(x\geq 1)
\end{cases}
\end{eqnarray*}
ですから、グラフはこんな感じです。

これを積分してみましょう。
\begin{eqnarray*}
\int^x_c \hspace{-1.5em}tp \; f(x') dx'=
\begin{cases}
1&(c<1,x<1)\\\
x&(c<1,x\geq1)\\\
c&(c\geq 1,x < c)\\\
x& (c\geq 1,x\geq c)
\end{cases}
\end{eqnarray*}
で、これだとまだ$c$に依存します。ちょうどこいつが積分定数な訳です。
こいつを消すのに差を取る戦法はできませんから、物理屋がよくやる、どこかに基準を決めてしまう戦法を取ります。
(よくポテンシャル計算でやるやつです)

問題はどこを$c$として基準にすればいいかなのですが、上の結果の区間をみるに、$c$はどんな値よりも小さいとか、大きいとかのほうがスッキリしそうです。

例えば$c=\infty$だと、
\begin{eqnarray*}
\int^x_\infty \hspace{-1.5em}tp \; f(x') dx'=
\infty
\end{eqnarray*}
きれいに場合わけが消滅します。
$c=-\infty$だと、
\begin{eqnarray*}
\int^x_{-\infty} \hspace{-2em}tp \; f(x') dx'&=&
\begin{cases}
1&(x<1)\\\
x&(x\geq1)
\end{cases}\\\
&=&f(x)
\end{eqnarray*}
なんてこった元に戻った。

しかもこの定義、$\infty$を基準にするか$-\infty$を基準にするか、どちらで結果が$\pm\infty$にならずに済むかは関数によって変わります。
これじゃあ基準として意味をなさないような気がします。
たとえば、

\begin{eqnarray*}
f(x)= {-x} \oplus 1=
\begin{cases}
-x&(x< {-1} )\\\
1&( x\geq -1)
\end{cases}
\end{eqnarray*}

では先述の$\infty$と$-\infty$の結果が逆転します。

それも道理で、$x\to\pm\infty$どちらかでで$f(x)\to\infty$となってしまうような関数は、$\infty$と$-\infty$いずれかを基準にするとどちらかで結果が$\infty$になるわけです。

ひとまず、譲歩ということで、$x\to -\infty$で$f(x)\to \infty$になるようなケースはもう致し方がないとします。
こういう嫌な関数以外では、$c=-\infty$基準とした積分$sup(f(x))$はそれなりの意味を持ちます。

というのも、これ、「一度登ったら下がらない関数」ということです。元の関数における窪み部分を埋めていく関数というイメージが良いかもしれません。

例えば、
\begin{eqnarray*}
\left( (x\uparrow_t -x)\otimes 2\right)\oplus x\oplus1
&=&max(-x^2+2, x,1)
\end{eqnarray*}
ここで、$\uparrow_t$は前回あたりの記事で書いたクヌースの矢印記号で、トロピカルな冪乗に相当します。
これは以下の図の青線みたいな形になります。

こいつを積分するということは、つまり登ったところは降りずに関数の谷を埋める関数を描くことになるので、以下の赤線のような関数になります。

こうしてみると、トロピカルな積分も無意味(恒等) or $\infty$に潰れる 以外の結果を出すと解ります。

上の例で原始関数が被積分関数と同じになったのは、下るところが一つもないのが原因だったわけです。
また、二つ目の例のように、結果が$\infty$になってしまうのも、「最初っから1番上にいるんだから、下には死んでも降りないよ」という状況からすれば妥当な結果と言えそうです。

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さて、そういうわけで這々の体で積分がしたわけですが、積分があるなら微分もいけるか、というとそうは問屋が卸しません。
そもそも積分は大雑把に言って和の極限だからなんとかmaxをsupに進化させて定義できたわけです。
ところが差はそもそもトロピカルでは不可能でしたから、差の極限にあたる微分はできそうにありません。

普通積分微分の逆演算なんて言いますから、それを逆手にとって考えてみますか。
積分が「降りないよ関数」だとすると、その逆演算である微分はこの「谷を埋めた平坦な部分」を元に戻す演算といえそうです。
しかし、埋まった谷の形状や深さは不明ですから、微分することで得られる関数には不定性が生まれることになります。

これってなんだか普通の計算で微分から積分をやる時の気持ちですね。
普通の計算では積分することで不定部分、積分定数であるところの余計な情報を欲して、一方微分はその不定な定数項を潰すことができるわけです。

その上、平坦な部分を戻すとは言っても、「平坦」ならば「ならされた」が常に言えるわけではありません。最初の例のように、$x\oplus 1$の$1$のような定数が平坦を形作っている可能性もあります。

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というわけで微分は若干諦め気味ですが、もう少し足掻いてみましょうか。
つまり、微分の定義式をトロピカルで書けば?
ということです。

正直これは前回提議したように、トロピカル世界での「操作(トロピカルサイドからの構築)」と欲しい「結果(現実世界からの構築)」は往々にして違うという問題を無視しているわけですが、やってみる価値はあるかなと思います。
(このブログの読者なら結論は爆発オチとわかっているだろうが、やるだけやってみるのである)

普通の微分は素朴に書くと、
\begin{eqnarray*}
\frac{df}{dx}&=&\lim_{\delta\to 0} \frac{f(x+ \delta)-f(x)}{\delta}
\end{eqnarray*}
これですから、トロピカルから普通の計算にしてこれになる。つまり引き算と割り算になるようにしたいのですから、それぞれトロピカルとしては逆数の積と、逆数の冪乗にします。
\begin{eqnarray*}
\lim_{\delta\to 0}\left[f(x+ \delta)\otimes \frac{1}{f(x)}\right]^{1/ \delta}
\end{eqnarray*}
はい! これだ!

これか……。

うーん……なんだ、これ……。